【創業からソフトバンク傘下へ】アンペア・コンピューティングの8年

コラム

2017年、米国の半導体業界においてひときわ異彩を放つスタートアップが誕生しました。
社名はアンペア・コンピューティング(Ampere Computing)

創業者は、長年インテルの経営陣として活躍したレネイ・ジェームズ(Renée James)氏です。

彼女は、インテルの社長として同社の成長を牽引してきた実績を持ちながら、自ら半導体業界の未来に疑問を抱き、新たなアーキテクチャの可能性を信じて独立しました。
そこから始まったアンペアの物語は、2025年のソフトバンクによる約1兆円規模の買収へとつながっていきます。

本記事では、アンペア・コンピューティングの創業から現在に至る8年間を追います。

第1章:創業の背景──なぜインテル元社長は新会社を立ち上げたのか

アンペア・コンピューティングが設立されたのは2017年。

レネイ・ジェームズ氏は、当時すでにインテル社の社長として確固たる地位を築いていました。

しかし、インテルの主力製品であるx86アーキテクチャは、クラウドやAI、5Gなど新しい分野に対して柔軟性と電力効率に限界があるという課題を抱えていました。

レネイ氏はその現実を痛感。
「これからの時代には、新たなプロセッサ設計哲学が必要だ」との信念からアンペアを設立します。

注目すべきは、アンペアが最初から「Armアーキテクチャをベースにしたサーバー向けプロセッサの開発」に特化したことです。
従来、Armはスマートフォンや組み込み機器など低消費電力が求められる分野で使われていましたが、サーバー市場においてはまだ実績が乏しい状況でした。

アンペアはあえてこの未開の市場に踏み込み、従来のインテルやAMDが支配するx86ベースの世界に一石を投じようとしたのです。

第2章:初期フェーズ──資金調達と技術陣の集結

設立当初、アンペアは米国オレゴン州ポートランドに本社を構えました。
初期資金の一部は、ベンチャーキャピタルや、後に強力なパートナーとなるOracle社などから調達されました。

また、レネイ氏の人脈を通じて、インテル、AMD、Googleなど大手テック企業から多数のエンジニアが集結。
アンペアの初期チームは、半導体設計、SoC(System on Chip)、電力効率設計、サーバー向けインフラに精通したプロフェッショナルで構成されました。

このフェーズでの主な目的は、最初の製品をいかに迅速かつ効果的に開発するかでした。

第3章:Ampere Altraの誕生──ArmベースCPUの本格展開

アンペアが最初に市場に投入した本格的なサーバー向けCPUが「Ampere Altra」です。
2020年に発表されたこのプロセッサは、最大128コアを搭載し、Arm Neoverse N1アーキテクチャを採用したサーバーCPUとしては画期的な製品でした。

Altraシリーズは次のような特長を持っていました。

  • シングルスレッド構成で高い並列性
  • x86に比べ消費電力が抑えられる
  • クラウドネイティブなアプリケーションに最適化
  • ハイパースケーラーとの連携を前提とした設計

Google、Microsoft、Oracleなどのクラウド事業者に採用され、特に「1スレッドあたりの性能が安定している」ことや、「エネルギー効率が高い」ことが評価されました。

これにより、Armアーキテクチャがサーバー市場に本格参入する転機を作ったのがアンペアだといわれるようになりました。

第4章:AmpereOneの発表──自社設計コアへの転換

2023年、アンペアは次なる大きな一歩を踏み出します。
これまでArm社からライセンスを受けて使用していたCPUコアをやめ、完全自社設計のCPU「AmpereOne」を発表したのです。

AmpereOneの特徴は以下のとおりです。

  • 最大192コアを搭載
  • キャッシュ構造や電力制御を独自設計
  • セキュリティ機能(メモリ暗号化など)を強化
  • AI推論や大規模データ処理にも対応

この製品により、アンペアは「Arm互換」でありながら、真に差別化された独自のプロセッサを持つ企業となりました。AmpereOneは、クラウドベースのデータセンター、AIサービス、コンテナベースのアプリケーションに特化したプロセッサとして位置づけられています。

第5章:業界での評価と拡大戦略

アンペアは大手クラウドプロバイダーとの提携を進める一方、自社製品をベースにした開発者向けエコシステムの拡充にも力を入れています。

  • Google CloudではAmpere Altra搭載の仮想マシンが提供
  • Microsoft AzureではArmベースのクラウドインスタンスを展開
  • Oracle Cloudでは同社が初期から支援してきた経緯もあり、早期に商用化された

このような導入事例は、ArmベースCPUが「選択肢の一つ」から「主力選択肢」になり得る可能性を示しています。

加えて、アンペアは2024年に最大256コアの次世代AmpereOneプロセッサを予告し、AI推論向けアクセラレータとの統合戦略も発表しました。

第6章:ソフトバンクによる買収──AIインフラ構想との合流

2025年3月20日、ソフトバンクグループはアンペア・コンピューティングを65億ドル(約9730億円)で買収することを正式に発表しました。

ソフトバンクは、傘下のArm Holdingsとの連携を強化するためにこの買収を決断。Armの設計技術とアンペアのプロセッサ開発力を組み合わせ、AI時代のデータセンター需要に対応する戦略です。

買収の主な目的は以下の通りです。

  • ArmベースのAI処理用インフラの内製化
  • グローバルなデータセンター展開に向けた製品統合
  • OpenAI、NVIDIAなどAI競合企業への対抗力の強化

この買収により、アンペアはソフトバンク傘下としてさらなる製品開発と世界展開を加速させることになります。

終章:アンペアのこれから

創業から8年、アンペアは単なるスタートアップではなく、グローバルな技術革新の中心に位置する企業へと成長しました。Armアーキテクチャを使ってサーバーCPUの未来を描くその姿勢は、従来の業界構造を大きく揺るがすものでした。

これからのアンペアは、ソフトバンクの支援のもと、AI処理・データセンター・クラウドコンピューティングの3分野における主役として、更なる飛躍が期待されています。