1. トランプ政権が描く中東AI戦略の転換点
2025年5月、トランプ米大統領は中東歴訪の最終地であるアラブ首長国連邦(UAE)を訪問し、経済・軍事・技術の分野にわたる数々の大型協定を締結した。その中でも特に注目されたのが、人工知能(AI)を中心とした協力関係の深化である。これまで米国は、中国への技術流出を懸念し、最先端半導体やAI関連技術の輸出を厳しく制限してきた。今回のUAEとの合意は、その制限を戦略的パートナーに対して緩和する転換点であり、中東が米中に続く「第3のAI大国」としての地位を確立するための第一歩といえる。
トランプ大統領は、UAEとの連携強化を「米国の利益と中東の安定に資する歴史的な合意」と位置付け、AI分野を安全保障・経済戦略の柱に据える考えを示した。
2. アブダビに世界最大級のAIキャンパス建設へ
今回の協定の中核を成すのが、UAEの首都アブダビに建設される予定のAIキャンパスである。約26平方キロメートルという広大な敷地には、電力供給能力5ギガワットに達する次世代データセンターが整備される。このキャンパスは単なるデータセンターにとどまらず、研究機関、教育機関、実証フィールド、そして商業利用の拠点として設計されている。
このプロジェクトを主導するのは、UAE国営のテクノロジー企業「G42」。一方で、クラウドインフラやセキュリティの運営については米国企業が担うことが条件とされ、米政府はデータの主権とセキュリティを確保する仕組みを強調している。これにより、米国は中東におけるAIインフラの主導権を握る狙いがある。
3. NVIDIAチップ、年間50万セット供給へ
中東AI拠点構想を技術的に支えるのが、米国の半導体大手NVIDIAによる最先端AIチップの供給である。トランプ政権はUAEに対して、NVIDIA製のAI演算用GPUを年間50万個まで輸出可能とする枠組みを新たに設けた。
これは従来、中国に対する輸出を制限していた先端技術と同等のものであり、UAEが米国から技術的信用を得たことを意味する。背景には、UAEが過去数年間にわたって米国に対し安全保障・経済協力で実績を積み重ねてきたことがある。UAEはAI技術を国家戦略に据え、2021年には「AI担当大臣」まで設置している。
4. OpenAI、主要テナント候補として参画予定
ブルームバーグによると、OpenAIはアブダビのAIキャンパスにおける主要テナント企業の一つとして参画する計画が進行中とされている。現時点で正式な契約発表は行われていないが、関係筋によれば、UAE政府とOpenAIの間で高レベルな協議が進められており、今後数週間以内に詳細が発表される可能性があるという。
OpenAIの参画は、同社が中東での商業展開や共同研究を視野に入れていることを示唆しており、ChatGPTなどの生成AI技術がアラビア語圏での実装や活用につながる可能性も高い。
5. AI加速パートナーシップの枠組み構築
今回の協定の中で、米国商務省とUAE政府は「AI加速パートナーシップ」という新たな枠組みを創設することでも合意した。これは、AI分野における共同研究、技術移転、商用展開、そしてサイバーセキュリティ分野における協調などを含む広範な取り組みである。
とりわけ重要なのは、AIデータセンターの運営を米国企業が行うという方針である。これにより、米国は自国の技術が適切に使用され、国家安全保障上のリスクを最小限に抑える仕組みを整えることができる。この枠組みは、将来的にサウジアラビアやイスラエルなど他の中東諸国にも拡大される可能性がある。
6. 中東、第三のAIパワーセンターへ
UAEをはじめとする湾岸諸国は、AI技術を活用して国家の近代化を進めると同時に、国際的な影響力を高めることを目指している。豊富なエネルギー資源と潤沢な資金を背景に、ハード・ソフト両面のインフラ投資を加速させており、AIを中核とした経済エコシステムの形成を進めている。
今回の米UAE協定は、こうした中東諸国の野心を現実のものとする転換点であり、世界のAI地図における勢力図を塗り替える可能性を秘めている。米国にとっても、中国とのAI覇権競争の中で、信頼できる技術供給先と新市場の獲得という2つの戦略的成果を同時に得ることができる貴重なモデルケースとなる。